勉強の大切さ・・・

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情けない話しではあるが、
ようやく最近になり
「勉強の大切さ」を痛感している。
わりと小さい頃から、
「勉強」をする環境にはあったが、
それが自発的で、かつ、自分が最も興味のある物へ、
最大限のパワーを持って、向かう事はあまりなかった。
(いわゆる「受験勉強」などに関して)
もともと、
私は強烈に熱しやすく、
また強烈に冷めやすい、
扱いづらい性格なのである(^^;
なので、
勉強でも遊びでも、
好きな事であれば徹底的に、
朝から晩までやるし、
雨だろうが雷だろうが台風だろうがやるのだが、
人からやらなければいけないと課せられると、
もう全くやらず、怠けてしまう・・・。
勉強の話しに戻ると、
今は、どんなに勉強できる時間があっても
足りないくらい、勉強したくて、したくてたまらない。
寝る時、布団に入る時は、
必ず書籍を持って入り、読書をしてから寝るし、
車でドライブする時も、
ちょっとした合間に勉強するために本をいつも持っている、
もちろんトイレへも持っていくし・・・。
とにかく今の私は「勉強に飢えている」のである。
極端な話し、生活できるギリギリだけの収入に落ちても、
勉強できる時間を最大値まで増やしたいのである。
勉強の重要性に気づいたのである。
また、
外的なものに目を奪われてはいけない。
本当に、(一見)外的なものが欲しければ、
まず、人間の本質と言うか、
内面にあるものを研究しなくてはいけないと思うのだ。
それだけ、
誤った判断をしている者が多いからこそ、
掴めない者が多いのだと思うし、
気づいた人間は、苦もなく掴めると確信している。
だからこそ、
他人から仕事を課せられ、
思考停止状態で日々を過ごすのではなく、
自らの判断で、進まなければならない。
「もっともっと早く気がつけばよかったのかも??」
と思う自分がいると同時に、
「今、気がついて良かった・・・私はツイテる!」
と思う自分もいる。
振り返ってみれば、
特に、明日の生活の事も考えずに、
「勉強だけしていればいい環境」というのは、
なんて贅沢な事だったのだろう・・・。
今は、大人だから、もちろんそれだけをやることはできない。
ただ、あの頃、
勉強だけをしていればよい頃は、
「勉強だけしていれば良いのは、なんてつまらないんだ!」
と思っていた記憶もある・・・。
うまくいかないものだ(^^;
これからは、死ぬまで勉強をし続ける決意である。
それは自分の為でもあるし、他人の為でもある。
自分の為と言えば、ちょっとわがままでもあるし、
他人の為と言えば、ちょっと頑張りすぎであるかもしれない。
そんな、両者を意識しつつ、頑張ろう・・・。
近い将来、確実で大きな結果を出す為に、
目先の収入に拘らず、日々勉強である・・・。
捨てられるか、捨てられずにしがみついてしまうか、
ここが正念場かも・・・。